ウクライナとロシアが戦争状態となっております。当初は早期解決という意見も多かったと感じておりましたが、長期化の傾向です。戦争という悲しむべき行為を選択しなければならなかった事情は測りかねますが、日本のメディアが報じる「ロシアが悪い」という極端な報道に正直「?」という感情を隠せないでおります。
そもそもアゾフ大隊というのは、「民兵」との事。ちなみに、都市伝説で言われているのが、アゾフ大隊のエンブレムが、ナチスのカギ十字を模しているという声。こちらはウィキペディアからの画像です。

問題とされるアゾフ大隊に関するCNNのニュースは以下から ↓
https://www.cnn.co.jp/world/35185777.html
先日、ロシアでは赤の広場で某記念式典が行われました。その中でプーチン大統領は、2月24日にロシアがウクライナに侵攻したその正当性を演説の中で述べた様です。
その内容は、ウクライナの中にある、ドネツクとルガンンスクという自治区を助けるための侵攻であったと言います。
2014年にクリミアが併合されましたが、その時を同じくして、ドネツクとルガンスク自治区が独立宣言をしました(ドネツク自治区→ドネツク人民共和国、ルガンスク自治区→ルガンスク人民共和国)。そしてその時点では、ロシアはこの2つの自治区の独立を認めていませんでした。しかし、ロシアの侵攻の数日前にロシアが2つの共和国(前述の、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国)を認める事になりました。そして、この2つの共和国は、ウクライナ側から大量殺りくを受けているので、ロシアに助けを求めたという事です。そして、この2国の要請に答える形でロシアが侵攻したというのです。
実際、この2つの地域はロシア語を話す人が多く親ロシアです。その2つの地域は、道路に地雷が仕掛けられたり、学校が攻撃されたりという様な、大量殺りくと思える攻撃が実際に行われていました。これを攻撃をしたのは、2014年にウクライナでクーデターを起こした親米の民兵だったのか、そうでないのかは定かではありません。しかし、2014年にクーデターを起こし、政府を転覆させたのは親米の民兵であった事は事実であったという事です。
もちろん、ロシアが侵攻する1カ月前ぐらいから、ドネツクとルガンスクでは、先ほど記述したようなジェノサイド(大量殺りく)があったのは事実です。しかし、その殺りくを行ったのが、ウクライナ政府軍か、民兵組織だったのかは定かではない様です。
事の発端は2014年に起こったウクライナ騒乱だという意見が多いです。2014年2月に起こった革命で、ウクライナ政府側とユーロマイダンデモ参加者の暴力的衝突の結果、当時のヴィクトル・ヤヌコビッチ大統領が失脚し、隣国ロシアへ亡命することになりました。
ユーロマイダンとは、ウクライナで起きた市民運動のことで、2013年11月21日夜に首都キエフにある独立広場におけるデモ活動に始まり、2014年のマイダン革命(尊厳の革命)では、親ロシア派のヴィクトル・ヤヌコビッチ大統領の追放をもたらしました。ウクライナがロシアとヨーロッパ連合のどちらを選択するかが争われた2004年のオレンジ革命に続く革命であったとの事です。
フランス人ジャーナリストの証言では、ウクライナ軍がウクライナ国民を攻撃しているという証言がネットで展開されているようです。また、2014年以降、およそ1万3千人以上が死亡したと言われています。ちなみに複数の関係機関が、民兵がウクライナ国民をジェノサイドしていたという報告が挙がっているようです。もちろん、ジェノサイドされた人たちは、ウクライナのクーデターを反対した人達です。オレンジ革命を画策し、新ロシアを転覆させて西側の政権をつくらせたのはアメリカであったという事が分かっていますし、ウクライナの国民の間では周知の事実という事です。
youtubeでたまたま見かけたのですが、つばさの党・黒川氏と一水会・木村氏の対談や、元駐ウクライナ兼モルドバ大使の馬淵睦夫氏の動画、そして北野幸伯氏の書籍が参考になりました。
その内容は、2014年以前から続く内戦が原因であったとの事。
この、ウクライナ革命は、「欧米が画策した」という説があります。少なくとも、プーチン大統領やロシア側の政府高官たちはそう公言しています。ウクライナは1991年に旧ソ連から独立しましたが、ウクライナはEUとロシアの間にある、地政学的にとても重要な場所です。ソ連が崩壊した後、アメリカと西欧諸国は、ロシアが二度と反抗できない様、NATOとEUを東側に拡大し、ロシアの勢力圏を徐々に奪っていった様です。
欧米側は東側に勢力を伸ばしたいし、ロシア側はそれを阻止したいという事で、ウクライナでその勢力争いが激化していったという経緯があります。
2004年11月、ウクライナ大統領選挙でヤヌコビッチ氏が当選しましたが、彼は親ロシア派でした。そして、この当選を「不正選挙」として非難する大規模デモが発生、再選挙が行われ、ヤヌコビッチ氏は落選し、変わって親欧米派のユシチェンコ氏が逆転勝利となります。これが「オレンジ革命」と呼ばれています。そしてその後、2010年の大統領選挙では、親ロシアであるヤヌコビッチ氏が大統領に返り咲いています。ここで注目すべき事態が発生しています。ヤヌコビッチ氏は、EUとの関係を強化する欧州連合協定を結ぶ宣言をしましたが、2013年の11月にその協定に調印せずにドタキャンしました。そしてその直後、ロシアはウクライナに150億ドルの支援と天然ガス価格の値下げ約束しました。これに、親EU派のウクライナ西部を主とした国民が憤慨し、首都キエフで大規模なデモが発生し、身の危険を感じたヤヌコビッチ氏は首都キエフを脱出、ロシアに逃亡しました。そして親米派の新政権が誕生する事になります。この背景には、大富豪で資産家のジョージ・ソロス氏が関与しています。ちなみにこの関与についてはご本人が暴露しているので事実かと思います。
彼はイスラエル左派と呼ばれる思想を持った方で、全体主義や専制主義に対し、自分の財力を以てしても壊滅させるという信念を持たれていると言います。例えば、フリーダムハウスと呼ばれる慈善団体(財団)を作り、そこに資金を投入し、そのお金を使って民主運動を起こしている組織に資金提供をしたりしています。また、民主運動のプロを派遣し、効率的で無駄のない反政府運動を支援していると言います。そうした反政府運動をみごとにやってのけ、ヤヌコビッチ氏を失脚させたのが2014年のウクライナ騒乱であるという事です。ちなみにここで活躍したのが民兵だと言われています。そしてそれがアゾフ大隊であった言われています。
これに対してプーチンは、2014年3月18日に、ウクライナの「クリミア共和国」と「セヴァストポリ市」をロシアに併合します。